「いちにんの」の教え
人はこの世に生れた時、特に現在では何人かの人に見守られながら誕生し、成長するに従っていろんな人と関わりを持って生きていくわけで、そういった意味では関係存在ともいえますが、しかし私どもはその関係存在であるがゆえにいろんな関係に悩み苦しむことにもなります。
人は大勢で賑やかなことを好むけれども時として一人になりたいときもあり、しかし一人でいるとまた寂しいという厄介な存在でもあります。
大勢の中にあっても孤独を感じるときがあり、逆に一人でいる方が孤独を感じないということもある。
亡くなる時にだれも看取る人がいなかった時には「孤独な死」と言われたりしますが「人、世間の愛欲の中にありて、独り生じ独り死し独り去り独り来りて、行に当たり苦楽の地に至り趣く。身、自らこれを当くるに有も代わる者なし。」
真宗聖典(仏説無量寿経巻下)61頁・という言葉のように人は独生、独死、独去、独来であり誰も代わりえない唯一の存在であります。
寂しい、ひとりぼっちの孤立か? それとも独立か?
清沢満之は臨済録からの独尊子という言葉をして「独尊子を誤りて自力仏性家と為す勿れ。彼はけだし、他力摂取の光明中に浴しつゝあるものなり」と言っておりますが、私どもは孤独という中に我愛を見、しかし六道のただ中におっても六道を超えた釈尊の独尊の子としての自己を見出すことができるのでありましょうか。
歎異抄における「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり」からは、弥陀の願との出遇いによって得られた親鸞に単なる個の自己主張を超えた(孤独を超えた)独立者(念仏者)として単なる「ひとり」とは違う「いちにん」として全てをこの身に引き受けていく生き方を見い出すことができるでありましょう。 |
| 小千谷市 淨照寺住職 小林光紀 |
真宗の教え
親鸞聖人が二十年間修行をされた比叡山を下りられ、六角堂(京都市中京区)に百日問参籠したのち、法然上人との値遇(かけがいのない出会い)を果たされたのは建仁元年(1201年)のことと伝えられています。親鸞聖人二十九歳の時のことです。
「ただ念仏して、弥陀にたすけまいらすべし」(歎異抄第二章)という法然上人のお言葉をよりどころとされ、生涯をかけてそれをあきらかにされたのが『教行信証』というご著作であり、これは浄土真宗の立教開宗の書ともいわれています。
また、真宗の教えの要諦を示す言葉として「本願を信じ念仏を申さば仏になる。このほか何の学問かは往生の要なるべきや」(歎異抄第十二章)があります。ただ、この「信」も「念仏」も「成仏」も、すべて如来のおはたらきによることをあきらかにしてくださったところが親鸞聖人立教開宗の眼目です。 |
| 胎内市 善良寺住職 加藤祐晃 |
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