○司会 感話と申しますのは、日ごろ感じていることをお話していただくことでございます。今回は、四人の方より感話を発表していただきます。
今同朋大会のテーマ「共にといえる人生を生きようー念仏って?「共にといえる」土台をたしかめるー」に即しまして、日ごろの聞法について。また、私にとって念仏って何だろうか。共にといえる人生を私は生きているのかな、などなど、そういうことについて感話をしていただきます。
日ごろ感じていることや疑問を、ありのままにお話いただき、みなさんと共に、ぜひ一度聞いて欲しいという方々を公募いたしましたところ、四人の方々からの申し込みがございました。企画をいたしました教区教化委員会では、たいへん喜んでおります。ありがとうございます。
その方々を、これよりご紹介させていただきます。今回感話をいただきます方を左のほうからご紹介いたします。
服部敏男さん。第十組光圓寺門徒、三条教区門徒会副会長、第十組推進員連絡協議会会長でございます。
佐々木シズさん。第十三組西方寺門徒で、推進員の方でございます。よろしくお願いします。
布施益雄さん。第十五組廣圓寺門徒、三条教区門徒会員、推進員の方でございます。よろしくお願いします。
藤岡正典さん。佐渡組淨願寺住職、三条教区教区会議員でございます。
それでは早速、服部敏男さん、よろしくお願いいたします。
感話1(服部敏男 氏)
おはようございます。いまご紹介いただきました第十組光圓寺門徒、また教区の門徒会の副会長、それからまた推進員としての服部敏男でございます。
今日は、これから十分間でございますから、少し急いでということになるかもしれませんが、私ども第十組の、今までの同朋会運動の歩みを中心にお話しいたします。
みなさんもご存じのとおり、真宗同朋会運動は、真なる信仰運動として一九六二年七月にスタートいたしました。ちょうど四十三年前です。宗祖親鸞聖人の七百回御遠忌を勝縁としまして、その翌年のことでありました。
第十組においては、全国的に見ても取り組みが割りかし早くて、当初から積極的に、特伝と言われました特別伝道がなされました。そして、上山奉仕も相次いで実施されました。また、寺別の同朋の会が相次いで結成され、そして、当初は聞法会が盛んに実施されました。しかしその後、一部を除き中断し、自然に衰退していってしまいました。
そんな中で、第十組を網羅する柏崎・刈羽同朋会、すなわち、今の「柏刈同朋会」でございますが、同朋会が有志によって立ち上げられまして、積極的な法話会を中心にして活動が進められました。組もこれを支援しました。そして、柏刈同朋の会を強固にするために、「三人同朋の会」と称して、少人数の信仰聞法のグループに力を入れました。少人数で始まったということです。
また、当初、特伝によって生み出されました推進員の組の連絡協議会は、実質的にはだんだん停滞しまして、柏刈同朋の会の方が勢いがあったため、柏刈同朋の会が兼務するかたちで運営がなされました。
ちょうど、亡くなられた田村組長の頃でございます。そのあと、停滞した中で、ようやく組織的にも自立し、体制を整えはじめました。同朋の会の方が元気があったのですが、そのあと推進協の方も、田村組長の頃に段々と盛り返してきた。
続いて、佐々木組長に引き継がれました頃、その後の活動は目覚しく、教区あるいは全国的にも、その活動を活発に展開して現在に至っております。
その間のことを少し触れますと、推進員連絡協議会が歩みを固めていくなかで、柏刈の同朋会は事務局体制の維持に苦慮しておりました。その時期には亡くなられた井上政英さんら、組織の中核におられた何人かの方々が、たいへん苦労なさって、その中で、やがて組織の見直しが叫ばれました。そして柏崎・刈羽同朋の会連絡協議会へと発展してまいりました。
佐々木組長さんの時代には、ちょうど、蓮如上人の五百回忌御遠忌の法要に向かって、本山指定の推進員養成講座が実施され、第十組としても一挙に百五十人もの推進員の誕生をみることができました。
その後、真宗同朋会運動四十周年を契機にしまして、全国的にもこの運動の見直しがおこなわれる中、第十組においては門徒研修委員会、佐々木委員長のもとに、同朋会運動推進センターが設置されました。
このセンターの中に、推進員連絡協議会、現在二百七十八名です。そしてまた、柏刈同朋の会連絡協議会、現在は地区・寺合わせて二十四の同朋の会。そして、育成員の連絡会議、現在三十八ヶ寺。この三つの会が置かれました。ですから、センターの中に、この三つのそれぞれの組織をつくりました。推進員と、同朋の会と、寺側の育成員の連絡会議と、この三つが置かれました。これによって、信仰運動の連携、活動を有効ならしめ、そしてまたネットワークの組織として強化されました。
井上組長の時代に生みの苦しみの議論を重ねて、この頃までには組織を整え、そして長尾組長の時代に実施に移しました。長い時間をかけてここまで来ました。
なかでも、先達が生み出してくださった公開講座、仏教文化講演会も今年で二十六回目を迎えました。そしてまた、第十組同朋会の報恩講が厳修されまして、これも二〇〇〇年三月を第一回として、今年で第六回目となりました。この報恩講は、当地区十組の真宗同朋会運動の原点として位置付けており、全寺院、全門徒がこぞって厳修することが大きな喜びとして、毎年三月に実施しております。
しかしながら、これらの運動を点検しますと、いろいろと問題も多くあります。具体的には、センターが充分に機能しているかどうか。組織は立派にできたけれども、その機能が、本当に組織として機能しているかどうか。こういったことが問われている。とりわけ寺院方の育成員の連絡会議が充分開催されていないこと、あるいは開催しても参加者が少ないとかがあって、根本的な問題として反省点がございます。
また、運動の原点と位置付けられた第十組の同朋会報恩講の取り組みにしましても、寺院によっては、かなりのバラつきがある。この点についても、充分理解が得られるよう進めていかなければならないと思っております。
さらに、宗祖の本願念仏をどのように聴き開いていくのか。そうした場を、機会を、どのように増やしていくのか。すなわち、同朋の会をいかにつくって立ち上げていくか。まだまだ課題は山積しております。
真宗同朋会運動の願いとするところは、寺も門徒も、僧俗あげて力を合わせて、真に仏法を聴聞する場をいかに切り開くか。そして弥陀の本願に、ひとりでも多くの人が救われ、生きる拠り所を見出すかであります。
ちょうど、今年は、新しい組長さんのもとに、また組織体制が見直される年でもあります。新たな気概で運動に取り組んでいかねばならないと、心から思っております。
終わりに、私自身、門徒・推進員のひとりとして、これからも仏弟子として南無阿弥陀仏の法を自らの拠り所として、朝夕の「正信偈」の勤行、これを生活の基本に、「人と生まれて人となる」を一生の課題として、真宗門徒としての生活を続けてまいりたいと存じております。
私ごとですが、法名釈樹心を付けてくださった光圓寺住職、佐々木さんの私への想い、願いに心から感謝申しあげまして感話といたします。
どうも、ありがとうございました。 |