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真宗の教え 
真宗の教え同朋大会共にといえる人生講座宗祖御遠忌教化関連 
第17回三条教区同朋大会

感話 挨拶、服部氏 佐々木氏 布施氏 藤岡氏、挨拶

感話4(藤岡 正典 氏)

 どうも、ごめんください。いまほどご紹介いただきました、佐渡組の淨願寺の藤岡と申します。
 先ほどは、みなさんとごいっしょに「お正信偈」をご唱和させていただきました。前の感話のお話の中にもありましたが、私は、御門徒のみなさんと「ご正信偈」をご唱和しておりますと、なぜかしら込み上げてまいります。先ほどもそのような感情に襲われました。
 今日は四時に起きて来たんですけれども、ここへ着きまして、「ああ、失敗したな」と思いました。御門徒のみなさんに、もっともっと強力にピーアールをして、ご説明をして、ご一緒にお参りできたらよかったなと、そんなふうに思わせていただきました。
 このような大勢のみなさんの前でお話しさせていただくというのは多くございません。檀家さん十八軒の小さな寺でございます。そして、話も下手ですし、そのお寺の内容、その進め方、種々にわたって無知のまま過ごしてきたような気がしております。
 昭和十八年生まれ。昭和十九年に父を戦争で失い、昭和二十年、二十一年と祖父母に別れました。母はこの三条の近くの在家から縁あって、当時は僻地だったのですけれども、佐渡に嫁いで来ました。ですので、何もわからないまま大学を出て、学校に勤務してはきましたけれども、本当に思い返しますと何もわからなかったな、苦しみながら歩んできたな、ということが思い返されてきます。
 みなさんも、こうして本堂いっぱいにお参りいただいております。今日は、いろいろとお忙しいことがあったのではないかと思うのです。なのに、こうしてお参りいただいております。このことは本当に尊い、ありがたいことではないのかなと、お教えられていることでございます。
 これまでに、みなさんと同じように、悩み、そして聴聞してまいりました。いろんなご縁をいただいてきました。そして先ほどの感話のお話にもございましたけれども、紆余曲折しながら、そして、ときにはそこに胡坐をかいてしまっていたのではないか、いることに気が付かずにきたのではないか、そんな気がいたします。
 恥と感動と、そして願いのようなことをお話しさせていただこうと思うのです。
 つい二、三カ月前でございます。朝食を摂っているときに、ガステーブルの上にあった味噌汁の入った鍋から、自分の味噌汁を盛って食べようとしました。オタマがその鍋の脇に置かれ、お椀の上に置いてありました。それを使って盛ったわけですけれども、そして、テーブルに帰ろうとした瞬間に、思いがけずオタマとお碗が床に落ちてしまいました。
 どんなことが起こったか、想像がつきますでしょうか。お恥かしいかぎりです。自分なりに一所懸命聞法をし、そして、家族やご門徒のみなさんと共に道を歩ませてもらう自分でした。そのつもりでいました。その自分から出た言葉は、人を非難する姿勢でした。「誰が、こんな所に、オタマをこんなかっこうで置いたんだ」という、いかにも腹が立った、腹立たしい口調で妻を叱ってしまいました。
 つまり、妻のせいにしてしまったわけです。そんなつもりは毛頭ありませんでした。瞬間でした。そして、親鸞聖人が、「極重悪人」「罪悪深重」「煩悩具足」と教えてくださっておりました。それもちゃんと知っていたわけですけれども、やはり浅い受け止めですませていたんだなということを、身に染みて教えられたことでした。
 宗祖聖人の教えというのは、本当に深くて、聴聞しても聴聞しても、しきれることではないということを教えられた気がいたします。
 そんな自分を、自分が知った、自分の力で知り得たことではなくて、本願力。そのご本願の光に照らされることがなかったら、この自分の身に気が付かないで一生が終わってしまったんだなということを、しみじみと教えられた気がいたします。
 村に帰って、寺に帰って、そして、想像がつくかと思いますけれども、なかなか地域のみなさんには、強く指導というのはおこがましいですけれども、言えない。萎縮してしまう。どうしてそうなるのかわかりません。
 地元を離れると少しは自分の思うことも、お伝えすることができるかなと思うのですが、地元の中ですと、どうしても尻込みしてしまいます。
 おそらくそれは、子どもの頃から、支えられて生きていかねばならない、その父や祖父母がいない、そういう生活の中で染みてきた自分の姿なのかなと思って、喜んでみたり、また切なく思ったりもします。この親鸞聖人のみ教えを自分なりに問うて、問うて、問い抜いて生きていくほかにはないんだな。
 そしてそのことが、みなさんと共に歩く道でございますし、そして所長さんのごあいさつに、そしてみなさんのお話にもございましたけれども、これまでの多くの災害で、被害を受けられた多くの方々への応援にもつながっていくことではないのかなと思います。
 そして最後に、いつも切ない思いをしていることなのですが、教区、あるいはそれぞれに「同和」の研修会がございます。なかなか積極的に、自分自身も充分ではないのかもわからないのですけれども、なかなかうまく活発な展開になり得ないでいることに、いつも心を痛めているわけです。お念仏、真宗の教えをよくよく教えいただくと、そのことと、お念仏の世界は少しも違っていない。この私の生活になっていかねばならない。そのことを声を大にして、勇気を持って学んでいかねばならないことだな、そんなことを最近、しみじみと強く思うことでございます。
本当に今日はこの場に立たせていただいて、何とも言葉では言えない嬉しさでいっぱいでございます。
 どうも、たいへん失礼いたしました。ありがとうございました。



○司会 どうもありがとうございました。以上で四人の方の感話の発表を終わります。
 なお、会場のお方で、この際私の感じていることを聞いていただきたいというお方がございましたら、どうぞ手を挙げて発表をお願いしたいと思います。挙手をされますと、係の者がそちらへマイクをお持ちしますので、お名前と所属寺のお名前を言っていただいてから、お話をしてください。
 それから、いまこの発表があったわけですが、それに対する質問でもけっこうでございますので、どうぞよろしくおねがいします。発表者に対しまして、お聞きになりたいこと、確かめておきたいようなことがございましたら、どうぞご遠慮なくお願いします。
 そうですね、ないようでしたら、ただいまいただいた感話を受けて、午後の記念講演に際しまして、三明先生より、それを踏まえてまた講演をいただくということにいたしますので、よろしくお願いいたします。
 どうも、ご清聴ありがとうございました。


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