長浜教区の黒田進と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
本日は、当教区の各組の役職者の方々の研修会とお聞きしております。私も若いときに組長を仰せつかり、また教区の教化委員というかたちで、ずっとかかわってきたものでございます。そういう意味では、みなさま方のご苦労をお察しいたします。
今日のテーマからはずれますが、「教化委員会」とか、「教化の任に当たる」とか、そういう「教化」という言葉につきましても、私自身、非常に抵抗のある言葉でございます。蓮如上人は、「勧化」という言葉をお使いになります。そういう意味で「教化」ということは、私たちがともに「仏さま」から教化される場をどう開くかということで、私は「教化」という言葉を了解しています。
したがって住職、坊守も含め、あるいは総代、責役という方々も含めて、教化の場を開いていく、そういう大事なお仕事をいただいているわけであります。
今回は、「今、いのちがあなたを生きている」というテーマについて話をせよということでございます。お聞きしますと、今後このテーマを中心として、組を基軸に教化の場を開いていかれるということであります。そのための一つのたたき台になれば幸いと存じます。
私は、たまたま御遠忌テーマ委員会の一員としてかかわらせてもらいました。このテーマは2005年の5月に発表されました。発表されるまでのことにつきましては、のちほどご質問があればお答えしたいと思っています。
今日は、私自身あらためて、このテーマについてどのように感じているのか、受け止めているのか、あるいは学んできたのかをお話したいと思っております。
基本的には、みなさんも含めてですが、私自身がこのテーマを私自身への呼びかけとして、どこまで聞き取っていけるかということです。それは単にうなずけるということだけではなく、うなずけないということも含めてです。うなずけるとしたら、どこがうなずけるのか。うなずけないとしたら何がうなずけないのか。そういうことを、日常生活をとおして、どこまで問い尋ね、聞いていけるのかが基本にございます。
私のお寺の同朋会でもこのテーマについて、あえて話題にすることが多いですね。そうするとだいたいが「よくわからんな」とか、「何かわかったようで、わからんな」という、そういう反応が多いです。
そこから出発して、「いったい、どういうことをいおうとしているんだろうな」、「いのちって何だろうな」と。「いのちというものをどう私たちは受け止めているのだろう」と、こういうことを話し合うわけであります。
あるご婦人がその話し合いをとおして、ふと漏らされたのは、「私がいのちを生きていると、そのように言っては傲慢なんでしょうね」ということを言われたのです。
それ以上のことはなかったのですが、ふと漏らされた。その方のうなずきですから、私もそれを聞かせてもらって、「あっ、そういうことに本当に気付くということが大事なんだな」という思いがいたしました。
私自身が、日常生活のなかで「いのち」が「生きている」とどこまで意識化して生きているかなということになれば、ほとんどそんなことを考えずに、ただ生きていると、「いのち」という言葉を聞いてもこころが動かない。感覚が鈍っているというか、そういうことを感じざるをえません。
「非常の言は常人の耳に入らず」(真宗聖典287頁)という言葉がありますね。まさに、そのとおりだなと感じるわけです。つまり「常人」というのは、日常生活に明け暮れている私という意味なのでしょう。そういう日常生活に明け暮れている私の日常性に穴を開け、日常性を破ってくるものが教えなのではないでしょうか。しかし、非常の言というのは常人の耳になかなか入らないわけです。
そういう意味では、このテーマも「何かこう、ひねってあるなあ」とか、「もっと素直にわかりやすく表現したらいいんじゃないか」というような意見もよく聞かれるわけですが、私自身がそういうことを感じました。
テーマ委員会では、本当にたくさんのいろいろな言葉を出し合って、最後の最後にこの言葉が生まれてきたのです。私自身も、何かちょっと、「どうかなあ」というような、必ずしももろ手を挙げて賛成したものではございません。
私もいくつか出させてもらったのですけれども、みんな消えました。それは別にして、たくさんの言葉がそれぞれの受け止めの中から出されました。
つまり、お互いに親鸞聖人の教えをどう聞いてきたのか。お念仏をどう聞いてきたか。そのお念仏を聞いてきたことをどう表現できるか。宗門人だけではなくて、現代に生きる宗門外のたくさんの方々とともに「南無阿弥陀仏」を共有していける、そういうお言葉。つまり、親鸞聖人からの呼びかけというものを、どう現代という時代と社会に表現していけるのか。
こういうことで悪戦苦闘しました。その経緯は少し『真宗』(2005年6月号)に発表されておりますからお読みいただいたかと思います。いずれにしても私自身が、やはりこのテーマが発表されて以来、わかったことにはできないテーマ、どういうことを自分に問いかけているのかなという、そういうところにずっとおります。
これは、もうすでにみなさんはお読みいただいたと思うのですが、今年(2007年)の『真宗』の2月号と3月号にテーマに関する座談会が掲載されております。そこに考えるべき問題点は、ほとんど出ているのではないでしょうか。ですから、私どもがこれから組やら各ご門徒のところで、このテーマについて話し合う一つの基本になるのは、あの座談会だと言ってもいいのです。それはうなずけることと、うなずけないことも含めて。しかし、大事な問題点を言ってくださったなということも、ずいぶんございます。
私が当局にお願いしたいのは、今後いろいろな方々、第二、第三、第四の座談会を教団内にかかわらず、現実のなかで「いのち」ということと悪戦苦闘している方々を『真宗』等にどんどん座談会として企画して、発表していってほしいと感じております。
このテーマに関して、私が見たところで言うと、「南御堂」に座談会が出ておりました。それから、東京教区でも、テーマをめぐってずいぶん突っ込んだ話し合いがなされております。あと、北海道の教研でしょうか。いくつか、このテーマに関して出されております。
『真宗』3月号掲載の座談会では、池田勇諦先生(以後、「池田先生」)がおっしゃっておられたのですが、大事なことだなと思うのは、テーマから私たちの聞法求道の歩みが出るか否かだと。こういうことに尽きるのではないか。テーマから私たちの聞法求道の動き、歩みが出るか否かだと。私は大事なご指摘だと受け止めました。
同時に池田先生がおっしゃっておられたのですが、企画室に寄せられている資料がずいぶんあるそうで、それを先生方がお読みになって、座談会がなされているようです。そのなかにこういう資料があったそうです。「いのちを生きている主体である私の在り方を問わずして、生きている私たちに、生きる主体である、「われ」が問われ、「われ」に歩みが起こるような精神を「いのち」という文言に吹き込んでいただきたい」という、寄せられた言葉です。
「いのち」を生きている主体である私の在り方を問わずに生きている。そういうことをあまり問題にしないで「いのち」を生きている。その「いのち」の主体である自分を生きているけれども、生きる主体である「われ」が問われ、「われ」に歩みが起こるような、この私が問われ、私に歩みが起こるような、そういう精神を「いのち」という文言に吹き込んでいただきたい。こういう大事なご指摘をいただいたと。池田先生は、そこに足を据えて、いろいろな発言をされているのだなと思います。
ただ、もう一つ言えば、「いただきたい」ということではなくて、おっしゃった人自身、あるいは私たち自身が「いのち」という文言に魂を吹き込んでいくような、そういう「われ」が問われ、「われ」に歩みが起こるようなテーマとして受け止めていけるかどうかが問われているのだと思います。
今日は、私自身も含めて「いのち」が見えにくくなっている時代だということが言えると思います。私たち長浜の身近なところでもいろいろな事件がございます。これは、もう世界に目をやるまでもなく、私たちの身のまわりに、やはり「いのち」が見えにくくなっている状況があるのだなと。そう言わざるをえないような現代に私たちは生きている。こういうことは外せない。
みなさんご承知のように、五濁のなかで命濁という言葉で、「いのち」が見えにくくなっているということが言われております。この五濁の劫濁、見濁、その最後に命濁があるわけです。これは、ご承知のように、「観経疏」の序分義の最後のところに、命濁というのは、こういう言葉で表現されております。善導大師が、この命濁ということを「多く殺害を行じて、慈しみて恩養することなし」と。現実をとおして命濁ということを表現しておられるわけです。
その命濁のもとになるのは、やはり見濁ですね。劫濁、見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁と順番になっているわけですが、その命濁のもとになるのは、はやり見濁。つまり、ものの見方が濁っていると。「正信偈」の言葉で言うと邪見、あるいは我見、このように押さえられているわけです。
これは、その邪見とか我見というものを善導大師は、自分がやった悪いことは全部善だと言いくるめて、他人の非なきことを是ならずと。つまり自是他非ですね。自分はいいけれども人は間違っている。自是他非と。もういつでも人を批判する。あるいは、人のやったことは認めない。自分の悪いところは全部言いくるめて正当化する。そういうところで、見濁というものを押さえられておられる。そういうところに命濁、つまり殺害と。非常に現代の現実というものを言い当てているような表現です。
「毎日新聞」の川柳で何年か前の年間大賞になったものに、「殺し合わなくとも、みんな死んでいくものを」という言葉がありました。
このような川柳が年間大賞になるというような現実。これは、当時のいわゆるアフガニスタンとかイラクへの爆撃に対して、また日本でのいろいろな事件をとおして詠んだものなのでしょう。いのちが見えなくなっている。十悪業とか十善業という仏語がありますが、あの十悪ということは、いのちの問題をずっと取り上げられているのだなということを思います。殺生から始まって、殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・悪口・両舌・貪欲・瞋恚・愚痴。
それはもう、「いのち」というものをこれでもか、これでもかと取り上げられている。そういう教えだと私は思いました。つまり、取り上げられねばならないほど、私自身のいのちへの感覚というものが鈍いのです。
そういう意味では、「いのちへの畏敬の念」ですね。この「いのちへの畏敬の念」というものが麻痺し、忘れられている。それが、ある意味で現代人の病と言ってもいいんじゃないかなと。
これも、以前「同朋新聞」に書かせていただいたのですが、ドキュメンタリー作家で森達也(以下、「森さん」)という人がおられます。私は見ていないのですけれども、オウム真理教の信者のなかに入ってドキュメンターを撮った「A」という、そのパートUもあるのでが、そういうものが日本よりも外国で非常に高く評価されたという方です。
この方は最近、大谷派でもときどき各教区に呼ばれてお話をしておられます。私もたまたま、その森さんのお話を聞く機会がありました。そのときに上映されたのが動物実験の現場についてのドキュメンタリーでした。つまり、私たちが何げなく安全な食品、安全な薬品、あるいは化粧品、入浴剤とか、私たちがこんにち使っているほとんどの食品なり薬品なり化粧品、そういうものが世に出るまでには動物実験を繰り返している。そういう現実をドキュメンタリーとして取り上げた映画でした。「よだかの星」だったかな。
上映のあと「いのちの矛盾」というテーマでお話しされたのです。たくさんのペットが捨てられていく。そのペットがどうなっていっているのか。そういうことについてもどこまで知っているだろうかという問題提起でした。そして、「大事なのは知ることであり悩むことである」と、そうおっしゃったのです。「問題は知らないことだ」と。こういう厳しい言葉でした。大事なのは知ること、悩むことだと。問題は知らないということが問題なんだと。
森さんのお話や映画を見せてもらって、「いやあ、知らなかったな」という自分自身を痛感しました。
「白骨の御文」の「人間の浮生なる相」の、あの「浮生」ということを自分自身、まさに浮生に生きていたかというと私は感じました。
いのちの現場がどうなっているか。動物実験のことを一つ取り上げても、あるいは、こんにちの医療現場、もっと言えば生命科学の世界でどうなっているのか。
いわゆる生命科学、ゲノムとかDNAとかという研究です。生命がどんどん利用されていく。遺伝子工学とか、バイオテクノロジーとか、生命科学の研究がどんどん国家プロジェクトのようなかたちで、医療のために「いのち」が利用されていく。あるいは、商品化されていく。そういう現実です。
乱暴な言い方をしますと、生命がモノ化され、利用化され、商品化される。その大きな事件が、先年起こった韓国でのES細胞の事件でした。
しかし、生命科学者のなかでは、そういう方向に疑問を投げかけ、いったいそれでいいのかと問題提起をしている生命科学者もおられるのです。その一人が今日の資料として用意しました中村桂子さんです。この資料は東京から出ている「サンガ」であります。
「いのちが見えなくなっている時代だ」という言い方で乱暴に言いましたけれども、そういう中にあって、やはりいのちの問題と格闘している方々がたくさんおられるということです。そういう現代というか、時代の現実というもののなかに私どもが生きている。しかも、親鸞聖人の教えを受けている真宗門徒としての私。その真宗門徒としての私が、そういう現実というものをどう受け止めていくか。あるいは、どう受け止めて生きているのか。このことを思うとき、私は、宮城先生(以後、「宮城先生」)のお言葉を思い起こすのです。
宮城先生が教研の所長時代におっしゃった「真宗を学ぶものの姿勢」ということ。「現実と聖典のはざまに身を据える」と、こういうおっしゃり方をたびたびされました。真宗を学ぶものの姿勢というものは、現実と教え、現実と聖典のはざまに身を据えるということだと。
よく先生は「真向かいになる」ということをおっしゃっておられたのですが、まさに僕は宮城先生の生きる姿勢というか、これまでの私どもに接する姿勢は本当にこういう姿勢だったんだなと思うのです。現代のさまざまな問題と聖典(教え)とのはざまに、どこまでも身を据え続けて考えていかれた。受け止めてこられた。それが宮城先生だなと、あらためて思います。
「われら今いかなる時代に生きるものなのか」。これは、もう十年も前に、同朋会館の教導・補導の合同研修のテーマとして何人かで立てたテーマでした。
常に私たちが生きているのは現代。その現代とはいかなる時代なのか。つまり、そこに私たちはどういう問題を感じ、そして先ほどの森さんの言葉で言えば、どこまで悩んでいるか、考えているかということが、やはり課題だと思うのです。そこを外すと、のんきな話になるのです。簡単に評論家的に言ってみたり。
私は宮城先生が「教えと現実のはざまに身を据える」と言われ、また「はざまに真向かう」と言われて、学ぶ姿勢というものをお示しになり、そのことに生きてこられた先生のお姿をあらためて大事だなあと思っています。
これは、中央同朋会議の「報告二」というところに出ていた、宮城先生が「いのちはどのようなものとしてあるのか」ということでお話された中の資料です。たまたま僕もいただいていて、見たら宮城先生のお話が出ておりました。
これが発表されたのは昭和55年ですから、1980年ですか。宮城先生が教研をお辞めになる直前、嶺藤宗務総長の最後、そのころに開かれた中央同朋会議の報告でございます。「親鸞の教えと現代」という大きなテーマで、サブタイトルが「いのちについて」という内容でございます。
そのなかに、「いのちはどのようなものとしてあるのか」というお話を宮城先生がされておりまして、その資料として出されていたのが、ここに書かかれたものです。このことに沿って、少し宮城先生のおっしゃっておられることを報告しながら、私がそこからどう感じたかということをお話したいと思っております。
お手元にお配りしています、これは善導大師の、「両重の因縁」といわれるところの文章です。最初にちょっと読んでみます。
「若し父無くんば能生の因即ち闕けなん、若し母無くんば所生之縁即ち乖きなん。若し二人倶に無くんば即ち託生之地を失わん。要ずすべからく父母の縁具してまさに受身の處有るべし」。
ここまでが一重です。その次が、
「既に身を受けんと欲するに自の業識を内因と為す。父母の精血を以て外縁と為し、因縁和合するが故に此の身あり。故に父母の恩重し」。(「観経疏」序分義)
この文章を図式化したのが隣の表です。この文章をそのまま図式化すると、こういう上の一重、つまり父母の因縁。その下に、父母を外縁として自の業識を内因として、そういう二重の因縁が和合するが故にこの身ありという因縁和合、因縁成就ですね。「因縁和合の故にこの身あり」という。つまり「この身」というところで、いのちを受け止めていると言ってもいいと思います。
この一重というか、父母の因縁で私が生まれたというところだけで言えば、産み落とされたもの。ある意味では、勝手に生んでと言えるような部分です。ですから、一重は生み出されたもの、生み落とされたものと言ってもいいです。
ただ、善導大師はそこでとどまらず、父母を外縁として自の業識(非常に難解というか、受け止めにくい言葉ですが)をもって内因となす。その因縁和合するが故にこの身ありと。つまり、生まれたものであると。一重のところだけで言えば生み落とされたもの、あるいは生み出されたもの。つまり、自分はあずかり知らない、こういうところです。
けれども、善導大師はそこにとどまらず、生まれ出たものと。もっと言えば、自ら生まれ出たものと、こういう受け止めのところで、この身ありと。説明というのではなくて、善導大師自身が自分の身をとおしていのちを受け止めておられる言葉ではないかなと。つまり、自覚の言葉です。因縁和合するが故にこの身ありと。「ああ、そうであったか」という、そういう受け止め。それが、いわゆる「両重の因縁」というものになっているかと思います。
宮城先生は、この中央同朋会議のお話のなかで、因縁成就のいのちである(因縁和合ということを因縁成就と)ということは、一つには、「私のいのちというものは決して孤立してあるものではない」と、こういうおっしゃり方をしておられます。
私のいのちは、たった一つ、ぽつんとあるものではないのだ。それは、この両重の因縁をとおして私のいのちの一点に一切の歴史、一切の世界が成就している。こういうおっしゃり方をしておられるのです。私のいのちの一点に一切の歴史、一切の世界が成就している。そういう受け止めですね。つまり、父母を外縁として、その長い長いいのちの歴史、そして広い広い世界が、私として私の一点に成就している。そういうことの自覚。
そういう意味では、この「私の」という「の」。宮城先生のお言葉で言うと、「私のいのち」と言うけれども、たしかに私のいのちである。「人のいのち」ではない。「私は私だけのいのち」だと。しかし、その「私のいのち」の「の」は、「所有のいのち」ではない。こういう言い方をしておられるわけです。
つまり、そこに「賜ったいのち」であるという受け止めです。はからずも賜った。そういう意味では、「私のいのちであるけれども私のいのちではない」と、こう言えるかと思うのです。所有するいのち、私有化できるいのちではないと言えるのでしょう。
そういう意味では、いのちが私の姿にまでなった。こういうことです。つまり、私を越えたいのちが私にまでなった、それが「自の業識」と。父母の精血を外縁として自の業識を内因とした。そういう因縁成就のいのちだと。
その意味では、自分のところでは意識化できないことです。しかし、意識よりも底というか、意識そのものを支えているような、この存在そのものを貫いているというか、支えているというようないのち。そういういのちを「自の業識」という言葉で表現しているのかなと。
自の業識という言葉を充分になかなか受け止められないのですが、今の宮城先生のお言葉で言えば、私のいのちの一点に一切の歴史、一切の世界が成就していると。こういうことを思うときに、自分のところでは、なかなか受け止められないのですが、これは私ごとで非常に申しわけないのですが、私のところには内孫が二人おります。上が4歳、下がもうじき2歳になるという孫がいるのです。実は、一昨年の春に前住職が亡くなりました。95歳でした。そのあとを追うように下の孫が生まれたのです。たまたまですけれどもそれが男の子であったものですから、門徒の人は「老僧さんの生まれ替りや」なんて言って喜んでくださった。これはありがたく受け止めているのですが、そういうことがありました。
その時、私の感じたことで言えば、何かいのちが老僧というかたちをとって95年生きて、そして亡くなっていった。そしていのちが、また孫という姿かたちをとって生まれてきたという。そういうことに出会って、まさに仏教の言葉で「仮和合」という言葉がありますが、因縁和合の和合という言葉を思い出すわけであります。
若いときに「すべてのものは仮和合なのだ」と聞いたことがあります。つまり、仮に和合している。私たちの存在も仮和合だと。仮に、たまたま今コップならコップという相をとっているけれども、コップというものはないのだ。私自身もそうだと。私も現在、ただ今、仮にこういう相をとっているけれども、そこに「私」と執着するものはないのだ。仮に因縁和合して、こういう姿になって、そして因縁和合に寿命がくれば、また亡くなっていくいのちだと。
だから、因縁和合してこの身ありということは、単に生まれたときが因縁和合して生まれたというのではなく、常に因縁和合のいのち。変化し、歩み続けていくという、そういうものがいのちなのだと。
これは、資料の中の「命の八訓」のところでも、業とかま招引という言葉で出てくる。つまり、自の業識の業ですね。業ということは歩み続けていくものというような意味があるようです。ですから、そこに長い長いいのちの歴史があるのだと。
そういうことを思いましても、何か私のいのちというものは孤立してあるものではない。それは、私という私のいのちの一点に一切の歴史、世界が成就しているという、宮城先生の因縁成就のいのちということについての受け止めが大事だと思うのです。それが一つです。私のいのちは孤立してあるものではない。
そして二番目に、これも宮城先生のお言葉ですが、「いのちは誕生から始まるのではない」ということです。
因縁成就のいのちということは、私のいのちは誕生から、ゼロからの出発ではないということです。つまりそこに、両重の因縁のところで言えば、長い長い歴史があり、世界がありと。自の業識という言葉に、そういう私にまでなってきた、いのちの歴史とか世界というものをあらわすのではないかと思うのです。
自の業識というのは、生まれたい、生まれたいという一つの意欲です。生まれたい、生まれたいという意欲が、自の業識という言葉で表現されているのです。自の業識という言葉で、何か大事なことを言い当てようとされているのです。
だから、この因縁和合してこの身ありという、私が一つのいのちとしてこの世に生まれて、そして、そのいのちというものには、もうすでに長い長いいのちの歴史が、世界があったと。そういういのちが生まれたときがすでに完成なのだと。
これは三番目におっしゃっていることですが、「私の生涯は成就からの出発だ」というおっしゃり方です。つまり、未完成から完成への歩みではない。完成からの歩み。成就からの歩みだと。こういうことを因縁成就ということから受け止めておられる。
だから、これも先生のお言葉ですが、「生きるということは、この身に賜ったいのちを表現していくことだ」と。生きるということは、この身に賜ったいのち、つまり因縁成就のいのちを表現していくことだと。何か足りないものとして生まれて、それを補って完成させていくというようなものではなくて、もう完成品として生まれた。
私が、「ああ、こういうことかな」と思うのは、私はもともと植物にあんまり興味がなくて、名前も何も知らなくて、「何にも知らんなあ」と笑われてきた人間です。しかし、春になって、例えばツバキならツバキの固いつぼみが、そのつぼみのなかに、もうすでに絞りなら絞りの花、ピンクならピンクの、白なら白のツバキとして咲く。もう完成品が中にこもっている。それが因縁成就して、一つ花芽として生まれ、それが太陽とか風とか雨とかという縁を待って、ツバキの花を咲かせる。
それが途中で縁が熟さなくて、咲かないままに散ることもあるし、途中で鳥に食われることもある。しかし、完成品として生まれ、そのツバキならツバキのいのちとして生まれ、賜ったいのちを表現していく。それが生涯だと。こういう受け止めです。人間も一緒です。
だから、因縁成就のいのちということは、完成品のいのちを賜る。その賜ったいのちを、そのいのちが、いろいろな縁をとおしてどういういのちであるのかを表現していくのが生涯だと。逆に縁を持たなかったら、それは成就していかないわけです。だから、常に因縁成就だと。
これは、因縁成就のいのちということで言うと、生命の「生」という字がありますね。白川静さんの『字統』によりますと、「草の生え出る形」とあります。大地に一つの種が地面に根を下ろして、そこから双葉を出して、草が大地から生えてくる。そういう字が、もともとの字だというのです。
私は非常に、こういう字にも歴史を思います。つまり、私はこういう字を生み出してきたところに、何か古代人のいのち感覚が見える気がするのです。固い大地をつき破ってまでも、弱々しい雑草が萌え出る。生きものってすごいものだなあという、そういう新鮮ないのち感覚・驚きというものが、こういう字を生んできたのだなと。
ですから、因縁成就のいのちということも、「生」という字一つを見ましても、こういう感覚をどこかで回復していかなければならないのではないかなと。
これは人ごとではないので、何かいつの間にか春になって、夏になってというのではなくて、身近かな風景一つ一つの移ろいのなかに深いいのちの歩みがあるのだということ。そういうところにも学んでいかなければならないなと私は思っております。
宮城先生がおっしゃっているのは、この表で言うと外縁、「父母の精血を以って外縁としている」という認識が大事なのだと。こういうことをおっしゃっておられるのです。父母はあくまでも外縁であり、内因は自分自身なのです。そのことがあいまいになると、親は、「私の子だ」とか、「私が生んだ子だ」となるのです。そこに「いのちの私有化」が始まるのです。
この外縁という認識が、いのちの私有化を破っていく。つまり、私のもの、私の子という、そういう私有化を破っていくのです。外縁・内因という認識が大事なのでしょう。
亡くなった和田稠先生が、「不思議のおいのちをちょうだいして、今日ここでみなさんとお会いしました」ということをよく言われました。やはり、そこに和田先生が自分自身のいのちに頭を下げたということがあるのだと思います。
そういう「因縁和合するが故にこの身あり」と。つまり、因縁が成就するが故にこの身ありという、そういういのちに歴史あり、いのちに世界ありという受け止めが善導大師によってなされている。そういういのちの受け止めです。
そういうことを思うとき私は、先ほどちょっと触れましたけれども、生命科学者の中村桂子さんが「生命誌」ということを言っておられることに注目したいのです。
資料を印刷してもらったのですが、東京宗務出張所から出ている「サンガ」にも一度出られていました。
最近は、ついこのあいだの『週刊朝日』でも、作家の林真理子さんとの対談で出ておりました。中村桂子さんは、今、JTの生命誌研究館(大阪府高槻市)の館長をしておられます。
この中村桂子さんは、生命というもの、いのちというものを、生命科学というとらえ方から生命誌というとらえ方へ。つまり、生命科学というとらえ方は、いのちをどこまでも、モノとして、それを科学して、こんにちの方向で言えば生物工学とか、あるいは遺伝子工学。生命を工学するなんていう言葉は、昔はなかったですね。生命の構造を研究することによって、遺伝子とかゲノム(遺伝子に組み込まれている遺伝子情報)の研究をすることによって、薬品をつくるとか、人間のどこか悪いところを取り除いて再生させたり、あるいは病気を治すとか。ES細胞(?性幹細胞)の研究なんかもそうですね。以前、韓国で事件がありました。データをねつ造しましたね。
これは生命科学を、モノとしての工学ですね。いわゆる科学技術。生命科学が技術化していく。こういう遺伝子工学というような言葉を生み出すような現代の科学の方向に、疑問を投げかけている女性の生命科学者です。
この方の「生命誌」という言葉が、非常に新鮮だったものですから、どういう人かなと思って前から少し注目していたのですが、直接お話をうかがったことはありません。この生命誌というのは、いのちに歴史あり、あるいは物語がある。歴史とか物語が、私どものいのちに記されているのだと。誌というのは、記されているということ。
つまり私どもの細胞の中にある遺伝子に、ゲノムというかたち、情報で38億年のいのちの歴史、いのちの物語が誌るされているというのです。そのいのちの歴史、いのちの物語をとおして、生きるとはどういうことなのか、あるいは、生きているということはどういうことなのだろう。こういうことを日常意識のところに立って、日常生活、私どもの何でもない日々の生活の中に足を置いて考えていこう、という人です。
この方は科学者であると同時に、家庭の主婦として掃除をしたり料理をしたり、子どもを育てる。つまり生活者です。一人の生活者というところで、そこに足を置いて、生きているというのはいったいどういうことなのだろうという切り口で生命科学を学んでいる方なのです。私は、ちょっと普通の生命科学者でないなという思いがして、ぜひ一度直接お話を聞きたいものだなと思っています。
繰り返すようですが、つまり生命誌というのは、この私のいのちに38億年の生命の歴史、物語が記されている。バイオヒストリーとおっしゃっていましたね。バイオテクノロジーではなくて、バイオヒストリー。生命科学、バイオサイエンスというのですか、バイオサイエンスとかバイオテクノロジーでなく、バイオヒストリー。こういうところに、新しい科学の可能性を見ていきたいと、こんなことをおっしゃっておられます。
そこには一方に「いのちをモノ化」し、利用化していくような生命科学の方向がありますね。そういう在り方を完全には否定していないわけですけれども、そういう研究の大事さは認めつつ、どこまでも科学の世界、医学の世界が細分化され、専門化され、いのちの全体が見えなくなっている。そういう現状に対して、もっと日常感覚のところに戻して、いのちというものを見つめていきたい。そういう願いからつくられたのが、生命誌研究館でした。その主旨に私も何か心がひかれて二度ほど訪れたのですが、面白いですね。
面白いというのは、たとえばいのちというのはこんなふうに歩んできたのかと具体的に実感させられたからです。もちろん問題も感じないことはないです。と申すのも、実験動物が使われていますから。たとえばカエルから細胞を取って、それで研究しているというような問題があります。ただ、いのちを生命誌として受け止めていく考え方と、何か私たちが学んでいる因縁成就のいのち、両重の因縁ということをとおして、いのちというものを自覚的に受け止めていくことと相通ずるというか、そういうものを私は感じるので注目しているのです。
私は最近、『ゲノムが語る生命』(集英社新書/中村桂子著)を非常に面白く読ませてもらいました。ゲノムとは何かとか、遺伝子とは何かとか、そういうものを何にもわからない者に少しでもわかりやすく解き明かしてくださる本ですね。
そこに生命科学者としていのちに非常に真向かいになって、現代の生命科学の方向に疑問を出しながら、新しい生命科学の可能性を模索しておられる方だなと感じております。そういう意味で、私自身が今回のテーマを学んでいくうえで、ぜひ聞いていかなければならない人だなという思いがしております。
この方がおっしゃる「私たちのいのちには、38億年のいのちの歴史や世界が誌るされているんだ」ということを、以前にも言葉としては聞いてきました。「ああ、そうだ、そうだ」というようなわかったことにしてきたのではないか。どうしてもそういうふうにし、流してきたということがあるんじゃないか。それを本当に科学的なデータなどによって明らかにしていこう。そういう意味では、非常に実証的です。
ここに生命誌から見た死ということで、これは第一回目に生命誌研究館に寄せてもらったときにもらってきた資料の一つですが、いろんなテーマのブースがありまして、その一つに「死と再生」というブースにあったので資料をもらってきたら、こういうことが書いてありました。生命誌から見た死。生命誌から考えると、死があるから生があるんだという言い方です。いのちの歴史のなかで細胞がたくさん分裂して、それがずっと今日まで38億年という途方もない歩みをして現在の無数の生物があるのです、そのなかにどれほどの死と再生のドラマがあったか。死と再生というドラマがなかったら、こんにちの私たちも含めた生物はないというのです。
これはここを読んでいただくと、少しそういうことがご了解いただけるかと思いますが、そういう死と再生ということをお釈迦さまは、すでに生老病死ということで取り上げられているということはすごいことだと思うとあります。
資料の真ん中へんに、「一つひとつの個体」とありますね。私たちもひとつの個体。たとえばカエルならカエルという一つの個体、そういう一つ一ひとつの個体が生命の歴史のなかで、たった一回の試みとして生まれる唯一無二の存在となったのだと。しかも、その一つの存在は他のすべての生きものとのつながりと、長い生命の歴史とがなければ生まれない存在でもあると、こういう表現です。
つまり、私どものいのちというものも、唯一回の試みとして生まれる唯一無二の存在だということなのです。お父さんとお母さんの遺伝子をもらって私といういのちになっているのですが、お父さんとお母さんの遺伝子とほとんど同じだけれど、違うところが必ずあるのだというのです。
だから、一つひとつの個体、人間もカエルも基本的にはあまりかわらないらしいのですが、ほとんど親のゲノムと似ているのだけれども、どこか一つ違うところがある。それはもう絶対世の中に同じものは生まれ得ない。似たものは生まれるけれども、同じものは生まれない。ゲノムの情報を分析すると、そうなるらしいです。
だから、私という遺伝子のいのちは、これで終わる。次のいのちにバトンタッチするわけですが、そのいのちは、またよく似たゲノムだけれども、どこか違う。だから、個体としてもたくさんの死と再生です。人間としても、唯一唯一回のいのちが生まれ、それが死に、また新しいいのちが生まれるという死と再生のドラマ。同時に、私自身の個体の中での死と再生のドラマが繰り返されているというのです。
これは、この「死と再生」のブースに行ってびっくりしたのですけれども、例えばお母さんのお腹の中で十月十日のあいだに38億年の生命の歴史を繰り返すということのようですが、そのなかで、たとえばだんだん手が生まれる。はじめは何かグローブのようなものができて、そこに少しずつ、こういうもの(指の原型)が少しずつできてきて、この部分(指と指の間)の細胞が死んで、指ができてくるそうです。そういう絵がありました。
つまり、私どものお母さんのお腹の中でも、常にそういう死と再生。無数の細胞が生まれ、また無数の細胞が死んでいく。そうして指なら、指ができるのだという研究でした。古い細胞は死んで、新しい細胞がどんどん生まれていく。常に死と再生のドラマだと。この歳になってこういうことを聞くと、何か新鮮にすごいなというか、正直、一年生になった気持ちで時間のたつのも忘れておりました。つまり、いのちというもののドラマですね。
だから、強引にくっつけるわけではないですけれども、因縁和合してこの身ありということを、現代の生命科学で何か非常にリアルにあらわしてくれているなという感があります。それはすべてではないですけれども、因縁成就のいのち、両重の因縁ということを証明されているような学問だなと正直思いました。
両重の因縁という教えをとおして、「いのち」の受け止めですね。そしてこの資料で言えば、さらに「帰命」という「いのち」。私どもにとって大事な「帰命無量寿如来」、その帰命ですね。つまり、「南無阿弥陀仏」の「南無」という、こういういのちですね。宗祖の言葉で言えば、行の巻の帰命釈のところに出てくる「本願招喚の勅命」(『真宗聖典』177頁)といういのちの受け止め、これが一つあるわけです。
そのことについて、古来大きく三つ言われてきた。一つは、「命根に帰還」する。宮城先生のお言葉で言うと、いのちの本来に帰るという帰命の受け止めです。帰命というのは、いのちの本来に帰る。あるいは、帰れという。
二番目の、「身命を帰投する」という帰命の受け止め。この身全体を投げ出すということ。この二つは、浄土宗の受け止めだといわれています。
最後の、「勅命に帰順する」これは真宗の受け止め方です。帰りしたがっていくということですね。この勅命という言葉は、言葉からいうと、何か天子の勅命とか、上から勅命される。戦前などは、このような言葉が乱発されたという戦争などの問題があるのですが、この「本願招喚の勅命」という場合の勅命。これは宮城先生のお言葉でいうと、拒み得ない命令、うなずかざるを得ない命令が勅命ということだと。
つまり、そこに命令されてみれば、自分ではわからなかったけれども「ああ、それが私の願っていたことであったか。」、「それが自分の願いであったか。」と、うなずかざるを得ない。信順せざるを得ない、信順するほかない、そういう命令が「本願招喚の勅命」だと。そういう勅命として南無阿弥陀仏に本願を聞きとった。そういう言葉ですね。
ですから、何か自分自身のところでも本当に信順するものを求めている。何か、本当に安心してそこに身を委ねて歩んでいけるものを、人間というのは本来求めているものなんでしょう。
ですから、南無阿弥陀仏は、私どもを呼び覚ましてくる。きつい言葉で言うと、命じてくるような言葉ですね。
今、東京におられる宗先生は、「南無阿弥陀仏というのは、いのちの言葉だ」、「いのちの声」と、こういう言い方で表現しておられますね。「いのちの声」とか、「声になったいのち」。その声になったいのちということを宗祖は「帰命釈」のところでていねいに受け止めておられるんじゃないかなと。
もっと言えば、いのちというものは、単にあるというのではなくて、いのちそのものが何か呼びかけてくるはたらきを持つものだと。何か悩んだり迷ったりしながら、そういうかたちで。なぜ人間は迷ったり悩んだりするんだろうかと思いますけれども、言ってみればいのちそのものがそういうものなのだから。ものというのは、おかしいですが、そういう意味では不思議ですよね。
生命誌研究館のところでアンケートがあったものですから、最後のところに「人間ってなぜ悩むんだろう。なぜ迷うんだろう。そういうことを生命科学のほうから言ったら、どういうことになるんでしょうか」と、ちょっと書いておきました。今度行ったときに、尋ねてみようと思っています。
孫なんかを見ていると、もうそういう存在を生きていますね。泣いたり笑ったり困ったりしながら生きているんですけれども、因縁成就して生まれたいのちが、もう悩む存在、考える存在として生きている。
私たちが教えを聞くということは、私たちの先達、親鸞聖人にしても蓮如上人にしても、諸先生にしてもそうですが、立派な答えを聞くのではなくて、やはり悩んだところ、迷ったところ。どういうことに悩み、迷い、考えながら教えに出会っていったのかなということを聞いていくのではないかなと思います。答えを聞きたいけれども、答えを聞いても答えにならないというか。
勅命に帰命する。つまり、私に命じてくるものがある。呼びかけてくるはたらきとしていのちを受け止めたのが帰命という言葉になっている。
ですから、乱暴な言い方をすると、「後生の一大事」というような言葉も、南無阿弥陀仏の言葉だと言ってもいいと思うんです。私どもに後生の一大事がはっきりしているかと、私どもに生きる姿勢、生きる方向を問いたずねる、そういう呼び声なのでしょう。
これはみなさんもお読みになったかもしれませんが、おそらく宮城先生の最後のお話ではないかなと思うのですが、この『生と死』(東本願寺出版部発行)のあとがきを見ますと、2005年5月20日の待ち受け大会の次の日、5月21日に山陽教区でお話されたのが「生と死」というテーマでした。それが、小冊子にかたちになっています。
そのなかに後生の一大事ということ、あるいはいのちについて、このあとの「帰命釈」のところに出てくる「業なり、招引なり、使なり」という八訓について、ここで取り上げておられます。お読みいただければと思います。
私は「今、いのちがあなたを生きている」という、何かちょっとスッといかないテーマですけれども、こういうテーマをとおしてあらためて、いのちということがどのように教えのうえで取り上げられているのか、あるいは、日常生活の中でどのように感じられてくるのかということについて、言葉たらずでしたが、以上申しあげました。
今日、いろんな分野の人たちのなかで、いのちということがどういうふうに悪戦苦闘しながら取り上げられているか。そういうことを少しでも受け止めながら、自分自身の日常生活のところでこのテーマを考えていきたいと思っております。
〈質疑応答〉
○会場1 先生どうもありがとうございました。昨年、一昨年の中央研修会からの話で、このテーマについての資料はたくさんいただいていますが、今日は先生から、そのときのスタッフの一人としてのお話を面授のかたちで受けていただきまして、これから学習する同縁がいただけました。理解を深めるためにたいへんありがたいお話だったということで、まずお礼を申しあげたいと思います。
いのちということについて、私はやはり、もう一つわれわれと同じような立場でいのちと真向かっている医学の面から、先生は今いろいろな問題を出されました。今非常に不信だということで臓器移植、不妊治療、出生前の検診とか、いろいろとキーワードはありますが、ほかの人の質問もありますので、これらは内容として省略しまして、決定的なことだけ。
「臓器移植法案」が国会を通ったとき、わが宗派も小川一乘先生がおられました。いろいろな動きをお伝えしましたし、全日仏としては、全国会議員に親展を出して、この法案だけは通過させないでくれとはたらきかけた。そのはたらきがあって、野党、与党を問わず、いまだかつて党議拘束をはずして、面々のおはからいで投票しなさいという法案は、あれだけしかなかった。非常に僅差で国会を通った。時代はそういう流れであるが、われわれの立場からしては極めて危険なのだと。小川先生あたりは盛んに言っているし、私もそう。
ただ、新潟で肺の移植をしなければ助からない少年がいたのです。もう数年前の話ですが、日本の法律では移植ができず、アメリカへ行って移植をしなければならないというのです。
私はNHKで放送があったときに、NHKにすぐ電話を入れました。「カンパが集まらないから、アメリカへ行けない。アメリカへ行けないから死ななければならない。」そういうような受け取り方の報道をしたので、間髪を入れずに電話を入れた、「そういう受け取り方の姿勢で報道はいいのか」「あってはならないことではないか」と。
その感覚は、今の医学でも言えることです。医者は病気を治すが、病気の人間を治せないと。また頭がいいから医者になったが、病人ばっかりで嫌になった。そのへんがもういのちに対する根本的な権力なのです。
そういう点で私は、今、たしかな医学の恩恵で死ぬべきいのちが生きているというふうに、みなさん受け取っていますが、それでいいんだろうか。このために一人が死んでいるわけですね。人を殺してまで生きなければならない。
ただ、いのちが長ければいい。そういう発想が今のハイテク医学の恩恵で、よくなったとみなさん言っていますが、本当にそれでいいのだろうかと、私は悩んでいます。
そういう点で私はやはり、宗門に身を置く者として、やはりいのちの、そういう見方を徹底的に直さなければということを問題にしています。
それから臓器を金で買って治ってきている人はたくさんいます。日本人は金を出せば、国内でできない移植が外国でできる。腎臓は二つあるから、健全な腎臓を一つ移植する。日本ではできないが、フィリピンではもうそれが法律化され、売買も認めるような法律までできている。
われわれ日本の国として、そういう臓器移植があってはならない、絶対にやってはならない。だから、この防波堤は、やはり小川先生だったと思うし、仏教学だったと思う。全日仏もそれで真剣に考えていますが、そういう点で、われわれができる運動というのは何なのだろうか。
ただ、放送があってNHKへ電話を入れても、時間外であるとNHKは絶対に受け付けません。
たしかに高史明さんも言っていますように、死の闇に、いのちに対して、ただ長ければいい、金さえ出せば生きられるというようなかたちで、中国あたりに行って肝臓の移植をやってきて、俺はもう大丈夫なんだと言っている人も実際にいるわけです。そういう人に対して、われわれは本当に悩むわけですが、どうこれを見たらいいのであるか。先生がまたお考えであったら、ご指導いただきたいと思います。
○黒田 それにどうというようなことは、とても私からは言えませんけれども、最初にちょっと申しあげましたように、もっともっとそういう対話というか、悩みというか、それぞれの抱えている問題を話し合い、それを公開していく。『真宗』なら『真宗』、『教化研究』なら『教化研究』でもいいから、そういうもので、やはり論議をもっともっと公開していくというか。答えは、なかなかないんですよね。だから、動きも含めてお互いに情報を交換していくということが、あまりにも足らないなということだけは思います。
ですから私は、今日が一つきっかけとなって、みなさんのところで教区なら教区、組なら組で、足元のところで問題を話し合い、そういうものがどんどん公にされていくということが大事なのでしょう。
みんな未完成というか未熟なものばかりですから、お互いに情報交換しながら、少しずつ明らかにしていくことが、何かの動きになると思います。
池田先生がおっしゃるように、私たちの歩みにならないというか。どうしてもわれわれは、門徒の人のところに行くと、何か教えなければいけない、伝えなければいけない、答えを出さないといけないという感じで呪縛されます、そうじゃないんだろうなと思いますが、いかがでしょう。
○会場2 三点、質問をお願いしたいのですけれども、一点目は後半のほうにずっとお話されていました両重因縁の受け止めであります。そこで最後、「因縁和合するがゆえにこの身あり」と、そのことと併せて宮城先生の本の中で書かれていますいのち、因縁成就のいのちとからめてお話いただいたんですが、そこで先生がずっと今日お話されたいのちということと、今回のテーマのいのちということが、これはもうイコールとしてとらえていいことなのかということ。
それともう一点は両重因縁のところで、宮城先生の言葉を紹介されながら、この縁と言っている両重の因縁を、そのままいのちとしていいのか。身といのちということの関係。
それから、ちょっと視点が異なりますが、実は私どもはこの秋、そのテーマについて推進員のみなさんともお話したんですが、まったくもう歯が立たず、話をしていても悶々としながら話した。
それで最後にお聞きしたいのが、一番最後に先生がお話くださいました自分の問題。人間は、なぜ悩むんだろうか、自分がなぜこう求めてなければいけないのだろうか。そういう問題に対して、このテーマは先生のなかでどういうふうな響きをもって、このテーマが自分のところに迫ってくるのかというあたりを、お聞かせいただければと。
○黒田 今日は話していませんが、これ(『中央同朋会議報告U』)をお読みいただいたらいいと思うのですが「いのちの二重性」というような表現で言われているのです。その一つは、因縁成就の現に存在するこのいのち、そういういのちです。身命という言葉があります。つまり、身というところでいのちを受け止める受け止めです。この身というところで、因縁成就のいのち、この身だ、この身ありということです。
そのことともう一つ、本願招喚の勅命として、われわれに語りかけてくる、呼びかけてくるいのち。そういういのちの受け止め。そういういのちの二重性という言い方で先生は表現しておられるのですね。
だから、いのちというのは、重層的に受け止めていくという。いわゆる生物的ないのち、生命科学でとらえられるいのち、そして「南無阿弥陀仏から呼びかけられて応答していくようないのち」というものが別にあるのではないと私は思うのです。
ちょっと私は使い慣れない言葉で充分言えませんけれども、この本(『ゲノムが語る生命』/中村桂子著)を読んでいて教えられたのですが、「重ね書き」という言葉があります。これは中村桂子さんも、ある先生から教えられたという言葉です。
つまり、いのちというものを受け止めるにあたって、いろんな考え方、生物の考え方、あるいは日常意識で私たちが感ずるいのちの受け止め、哲学なら哲学で受け止めるいのち、芸術なら芸術で受け止めるいのち、医学なら医学、生命科学なら生命科学で受け止めていくいのち。そういういのちの受け止めを、「重ね書き」という、重ねて考えていけばいいのだという言い方です。
そういうことでいえば、両重の因縁ということで受け止めるこの身。この身というところで受け止めるいのちの不思議さ。そして、同時にそのいのちは、何かしら悩んだり迷ったり、考えたり怒ったりするいのちですね。例えば、日常生活のなかで悶々としているときに友だちから「おい、何をしているんだ。一緒に仏法を聞こう。あの先生の話を聞こうじゃないか」と言われたときに、「そうだなあ」と、その呼びかけにうなずいていく自分。それもいのちの一つの姿ですね。
だから、「今、いのちがあなたを生きている」の「いのち」というものは、中村さんが紹介してくださっていることで言えば、いのちを重ね書きすることをとおして、よりいのちというものを深く広く受け止めていけるのではないでしょうか。
私はこのテーマ「今、いのちがあなたを生きている」という、いのちには、いろんな受け止めがあると思うのです。つまり、一人ひとりの日常感覚のところで感じているいのち感です。
私は私の感じる、生活者として感じるいのち感、木の芽や花の芽、あるいは孫をとおして、いのちを受け止めていく。そこに重ね書きしていく。生命科学者や、あるいは哲学者や医学など、また現場でいのちの矛盾と取り組んでいる人、それと同時に、また真宗の教えのなかでいのちはどのように聞きとられてきたのだろうと。そのように受け止めていくのを「重ね書き」あるいは「重層的いのち」と言っていいのだと思います。いのちというものは、それほど深くて広くて重いものなのでしょう。
悩み、迷う、そういういのちなのだと。いのちが私を生きているのだ、私として生きているのだ。私の悩み、私の迷いとして、いのちが生きているんだなということを感じます。
○会場3 いのちという表現が、しっくりきません。「いのちというと、無量寿だ」とか、「阿弥陀仏ということをあらわしているのだ」と言う方もおられるのです。そのことと、今私たちがいただいていることと、本願とかそういうことの関係のなかのいのち。
やはりいのちということであるなら、重層的、38億年の歴史が生きているということで、例えば本願とか念仏とかいうことは、どういう関係があるのか。そこがはっきりしないと、真宗というところのテーマにならないのではないかなという考えがあります。
○黒田 本願とか念仏とか大悲とか、無量寿とか無量光とか、こういう言葉は仏の言葉として表現されてきた人類の智恵だと思うのです。どこかにほとけさんがいて、何か言ったのではなくて、人間が長いあいだ迷ってきた、考えてきた、あるいは求めてきた、そういう人間の歴史のなかから、それこそろ過されてきた。そういう結晶の言葉だと感じるわけです。
そういう人類の智恵、人類の見出してきた真理、まこと、そういう事実が、本願とか無量寿とか無量光とか大悲と表現されて、ほとけの言葉として表現されているのだと私は受けとめています。
そういうことと、38億年のいのちの歴史という「生命誌」ということは、決して離れていないだろうと見当をつけています。つまり、いのちそのものに重ね書きしている。DNAとかゲノムは、非常に科学的な生物学的な表現ですけれども、そこに人類の求めつづけてきた歴史というものが記されている。そこまで言うとちょっと言い過ぎかもしれません。
仏教の歴史をとおして、私たちに相続されてきた教えの言葉は、長いあいだの私たちの人類の先輩たちが悪戦苦闘した、そういう歩みのなかで見出してきた智恵。本当に純粋な言葉の結晶なのではないでしょうか。
だから経典の背景には、本当にたくさんの民族を越え、国家を越え、人々が悩んだり苦しんだり、殺したり殺されたりという歴史があるのだろうと思います。
だから今、生命科学なんかが明らかにしていこうという方向と、決して私は相容れないものではないと思うのです。
だから、『真宗』の座談会のなかで、「これは仏教徒にはなじみませんね」という言い方をされる方が、私は気になるのです。
もっと現代社会の中で悪戦苦闘して、いのちとは何かということを明らかにしようとしている人の声を聞かないといけないのではないでしょうか。
○会場4 今日講義を受けまして、私は日ごろ思っていることを紹介したいと思います。推進協議会の全推協で「羅網」という機関誌を発行しております。
そこで宗祖親鸞聖人に遇うという一つの理念のもとに、「このテーマを自分のものにしていかなければならない」という報告がありました。そのテーマに関する委員会の報告の一番最後に、「テーマの議題「今、いのちがあなたを生きている」を通じて議論をしていく必要もあろう」という言葉も載っていました。
ここから、この基本の理念に基づいて、私たち教区においても、いろいろな研修会がもたれますが、このテーマを主題にした研修会といいますか、そういうのが多くもたれると思います。
しかし、今発の質問の中にありましたように、このテーマを伝えるのに非常に悩まれたということで、私は受け止めるというか、お話を聞く側としても、お話をされる方が非常に面倒だということがあります。
これから、2011年に向けて、このテーマのもとに行くわけですが、何か難しすぎて、一応封筒だとかそういうのに、みんなこのテーマがありますけれども、何かこのテーマが死語になってしまうのではないかと。
今は盛んに出ていますけれども、結局はこれが何となく浸透しないうちに死語になってしまうのではないかなというふうな危惧も感じております。
○黒田 今のお話で、ちょっと思い出したのですが。私が最初に目にしたのは、難波別院の「南御堂」ですね。あのなかで住職さん、推進員さん、坊守さん5、6人で、テーマをめぐって座談会をしておられるのです。
そのなかにやはり、門徒の方は門徒の方の受け止め方、あるいは推進員さんの受け止め方があるのだなと思いました。「自分のいのちということを本当に浅く考えていたな」、「いのちということをもっと深く受け止めていかなければいけないな」というように、自分自身のテーマだなと受け止めておられる方と、なかにはちょっとわかりにくいと、そういういろんな立場のというか、いろんな意見が出ていますよね。
もう一つは、これも私はざっと読んだだけなんですが、本山の出版部からテーマについてお話された薄い本(『今、いのちがあなたを生きている』/伝道ブックス56)が最近出ました。大谷大学の延塚知道先生の講話というかたちで出ましたので、こういうものを少し手がかりにしながら、聞法していかれたらどうかなと。
あるお寺でそれを手がかりに、読みながら少しみんなで話し合って、このテーマを少しずつかみ砕いて、受け止めていきたいなと思っているのです。
ですからあまり難しく考えずに、何か自由な発想でわからないならわからない。でも、「いのちって何だろうな」「今って書いてあるけれども、今って何だろうな」と、そういう受け止めから、いろんな話の枝葉が広がるような話に、話し合いのなかで歩んでいけるんじゃないかなと私はそう感じます。決して私は難しく受け止めておりません。
(終了)
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