| 建 造 物 / 法 宝 物 |
| 恵信尼公堂 |
親鸞聖人の奥方、恵信尼公終焉の地「とひたのまき」が板倉町といわれており、新井市若島家所蔵の親鸞聖人直筆と伝わる光明本尊が恵信尼公ゆかりのものと考えられるところから、遺徳顕彰の趣旨により篤信者若島与治郎氏により昭和31(1936)年に建立された。堂内には親鸞聖人御在世の頃からといわれる樹齢700余年の老杉(板倉町別所)で彫られた恵信尼公の尊像を安置する。 |
乗如上人
墨衣御影
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天明8(1788)年火災で本山東本願寺が類焼し、寛政2年から10年
(1790〜1798)の間、頸城の御門徒は京都に上洛して本山両堂再建の御奉仕をされた。その功績に本願寺第20代達如上人は、再建を発願した先代乗如上人の墨衣の御影を授与された。それから200余年間、「墨衣御影巡教」と称して、農閑期の毎冬、豪雪のなか頸南全域の集落を巡回し、法座が営まれている。 |
| 毛綱寄進帳 |
現在の東本願寺両堂は明治の再建であるが、巨木運搬のために毛綱を使用した。毛綱とは毛髪と麻を撚り合わせて作られたもので、越後の国からは15本の毛綱が寄進されている。寄進された毛髪の寄進帳と、期日に間に合わずに残された毛髪が蔵されている。 |