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  親鸞聖人御上陸の地 恵信尼公廟所
恵信尼公廟所
所在地 上越市板倉区米増(地図参照)     
連絡先 本願寺国府別院寺務所 ☎025−543−2742
アクセス 車:北陸自動車道上越I.C.あるいは上信越自動車道上越高田I.C.より車で約15分

電車:JR信越線直江津駅より車で約30分
宗 派   浄土真宗本願寺派 本願寺国府別院の飛地境内
付近地図

由緒沿革
恵信尼公は寿永元(1182)年生まれで、越後頸城の豪族三善氏の娘ともいわれている。親鸞聖人は承元元(1207)年念仏停止の法難により越後に流罪となられたが、聖人とともに越後と関東で結婚生活をされました。お二人には、小黒女房、慈信坊善鸞、栗沢信蓮坊、増方入道、高野禅尼、覚信尼の6人のお子が授かった。
大正10(1921)年、西本願寺で真宗史学者鷲尾教導(1874〜1928)によって「恵信尼消息」10通が発見され、親鸞聖人の思想や夫婦、家族像を知る貴重な資料となった。
恵信尼公は聖人とともに京都に上洛の後、72歳のころに越後に戻られ、89年の念仏の生涯をおくられたといわれている。
恵信尼消息第七通にでてくる七尺の五輪塔と、第九通の「とひたのまき」から恵信尼公が晩年すごされ往生された地として、西本願寺が米増に恵信尼公顕彰の地として整備を行った。現在本願寺国府別院の飛地境内地となっており、毎年6月に恵信尼公法要が行われる。
また、公廟所に隣接して「ゑしんの里記念館」(開館時間:午前9時から午後9時まで/休館:月曜日/拝観無料/住所:米増27番地4/連絡先:0255−81−4541)があり、恵信尼公の資料を拝観できる。
また、食堂や特産品販売コーナーなども併設されている。