由緒沿革
赤倉温泉は、親鸞聖人が越後に流され、五智国分寺におられたときに、妙高山を下山途中に谷間で野獣が湯浴みする姿を見つけ、霊泉を里人に伝えたのが始まりといわれている。
戦国時代には上杉謙信が負傷した兵士の治療に利用しており、江戸末期に越後高田藩主の命により湯治場の開発がはじまり、文化13(1816)年引湯が成功し、その功により現在の地を藩主から拝領し以来、赤倉ホテルは約200年の歴史を重ねている。
この赤倉ホテルでは、毎年11月になると約1ヶ月もの間、ホテルを開放して「有縁講」と呼ばれる報恩講が執り行われ、全国からお念仏の教えを喜ぶ多くの方々が集まる。有縁講は、篤信な念仏者であった平井ショウおばあちゃんが、生前聞法を大切にたずね歩かれた際にお世話になったご恩返しにと、娘である先代社長村越静枝さんが昭和34年からはじめられた講です。
ホテルに到着した客は、ロビーに安置してある大きなお内仏にまず驚かされる。このお内仏には、聖人が国府から信州戸隠へ参詣途中に袈裟を掛けられた松を用い彫られた、親鸞聖人の立像が安置されている。
平井ショウさんがどのようにお念仏を喜ばれて生きてこられたかは、居多ヶ浜見真堂・林正寺住職の古海法雲著「赤倉ホテルのおばあちゃん」(法蔵館)に詳しく紹介されている。
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